ブログみるアプリ
日本中の好きなブログをすばやく見られます
無料ダウンロード
ブログ村とはIDが異なります
「ライフスタイル」カテゴリーを選択しなおす
特別じゃないスピリチュアル 怪しくないスピリチュアル。毎日の暮らしの中で考え実践できるスピリチュアルに関する記事をお願いします。
投資はお休み
五条川の『のんぼり洗い』
怒られなかったわ〜(^_^;)
『筍ご飯』と『海鮮丼』〜(*^◯^*)
『お墓参り』に行って来ました〜(*^◯^*)
今日は、ダラダラと…(;´д`)
とりあえず、母の遺品整理が終了〜٩( 'ω' )و
オフラインラブ出演の島村雄大くん『ZIP』レギュラーに
夫はストレスが溜まりにくいワケ
母の覚悟を知りました
お花見いろいろ
60歳 私たちこそ「宝」だと確信
【アラカンの推し活】HANA冠番組スタート
久しぶりの青空と桜散歩
🌸最終回:「そして、新たな旅へ ― 退職の決断、その先にある未来」
初めてのポールウォークで桜を見に防災公園へ
今週のお弁当
チャイナに行っチャイナ!
お休み前のひと頑張り
今日もお疲れさまでした
断捨離【靴編】
雨が降っています。
案の定
新しい1日です
テレビキターーー!
今朝は予行練習
🔺入居者募集中🔻駅前マンション、コラウーペ八島・守口👌
ランチはオリーブチキンとサブウェイ 納豆ご飯
今日の外ランチ
イングリッシュマフィンでチーズとハムのトースト 親子丼 眼科の新入社員
夫婦箸、夫婦茶碗
夫婦箸や夫婦茶碗というものがある。 「夫婦(めおと)」とつくモノだ。他には思いつかない。 他には「夫婦善哉」ぐらいだろうか。 この二つ、箸にしても湯飲み茶碗や飯茶碗にしても夫の方が大きく妻の方は小さい。箸は短い。 柄が揃えてあっても、どちらかが小さいので夫婦茶碗の揃いだ...
気になるブログをフォロー!
登録は不要で無料で使えます
フォローできる上限に達しました。
新規登録/ログインすることでフォロー上限を増やすことができます。
フォローしました
リーダーで読む
祝い箸というものを考える
正月、新年明けましておめでとうございます。 新しいコロナとともにある時代。ないものねだりをしない。 それがくじけないコツだと思います。 しっかりと生きてゆきたいものです。 本年もよろしくお願いいたします。 さて、日本の正月の習慣には「祝い箸」というものが...
向付けはオカズか
オカズという言い方がある。 現代的な言い方で、向付けということになる。 ご飯、主菜、副菜、汁。 これが和食の基本だからオカズというのは主菜ということになる。 そうするとよく言われることが「ご飯に合うオカズ」という言い方になるが、実はこれはあまり正しいとは言えない。 ご...
帯
「帯」というものは、着物を着る時に締めて着物を体に固定するものだ。 いわば古来のベルトだ。 ここに古くて新しい話として、帯は「腰で着るか腹で着るか」という問題がある。 男性で、着物を着慣れている人によれば「帯は腹でするもの」などと言うことだろう。 一方で女性は「腰帯」な...
娘ちゃんが生まれる前の不思議なご縁【熊本編】
こんにちは、海月です😀 ちょうど1年前の今日は、娘ちゃんの妊娠が確認できた日でした。 14日に検査薬で陽性が出て、信じられなくて次の日も検査して、やっぱり陽性だったから次の日旦那...
娘ちゃんが生まれる前の不思議なご縁【夢と妄想編】
こんにちは!海月です😀 タイトル、【夢と妄想】ってつけちゃいましたが、個人的主観なので、そうだったら面白いなーくらいの感じで読んでもらえたらと😁 前回の記事の内容を踏まえた話にな...
忍耐、我慢ということ
この表題のことは、あまりに最近しつこく言われていることだから改めて考えてみるべきだろう。 それは忍耐、我慢ということ。 目下のコロナ感染拡大の折、その自粛や対策への協力について、人々には「忍耐が強いられている」などと盛んに言われていることだ。 「人々は我慢に耐えかねてい...
胆力というもの
一昨日のこと、夜に大きな地震があった。 長く感じる大きな地震だった。 無難に対応し、危険対応はした。 今はすっかり平常に戻っている。 冷静に対応したまでだ。 騒いでいる向きもあったがこちらは片付けを済ませ、すぐに何事もなかったようになった。 ...
長火鉢
古来から、日本には「室内で火を使う」という習慣があって、炭を入れ、室内で暖を取ったり湯を沸かしていた。 それが火鉢というものだった。 火鉢にも色々とその種類はあるし、その使う炭にさえ種類があるという。 古道具屋に行けば状態のよい骨董の長火鉢は今でも売られているし、これ...
馳走
「ご馳走」などと云う。 あることのために「走り回ること」の意味であり、転じて客に供応をして料理をふるまうことを言った。 料理をふるまうために走り回ったからである。 「馳走する」とは、食事を中心とした「もてなし」をする意味である。 「料理をふるまうために台所を走り回った」...
のぼり
日本人は古来から「のぼり」が好きだ。 選挙で、商売で、広場で、公共のイベントの現場でその告知で、のぼりは現代でも日本のあらゆるところで活躍している。 日本を訪問した外国人はこの風景を見るとたいてい驚く。 その、領地を宣言しているようなまがまがしさに、日本人の内面の厳しいも...
書の工夫
「掛け軸の書」や「書額」というものがある。 書額はたいていは勢いや力強さが求められ、魂、意思などが伺えるものがよいとされる。 道場や広間に掲げられ、戒めや心得として人に訴えかける。 一方、掛け軸は主に茶室や床の間にかけられる。 眺めた時に穏やかさを与え、静けさを補助...
鮒釣り
「釣りは鮒に始まって鮒に終わる」 古来からそのような言葉がある。 釣りと言うものの楽しみ、その心を教えた言葉だ。 余興や楽しみとしての「釣り」は獲物を捕らえることが目的ではない。 つい我々は勘違いをして獲物をどれだけ得られるかを楽しみとする...
盆栽 BONSAI
海外からの訪問が多かったため、できるだけ翻訳しやすいように分かりやすく記述してみる。 「翻訳ボタン」を活用していただきたい。 今回は盆栽についての解説だ。 「盆栽」というのは、海外でもよく知られるものとなった。 「BONSAI」と、そのまま日本語の発...
日本は火の国である
日本人は古来から、火、炎というものが好きだ。 日本は火の国。火山国、地震国でもある。 疫病が流行ると護摩を焚いたりして邪気を追い払うということをした。 煙を焚いて邪気を払うというのが主にアジアの文化に見られるが、日本はむしろ炎というものの方が多いように思う。 ...
終戦記念日などありようもない
戦国の世の昔、我が国の各地では多くの戦いがあった。 しかしそれを「記念日」などと、ふざけたものと扱った時代は一度とてない。 天下を分けた関が原の合戦、その終戦記念日だと誰が祝っただろうか。 弔いはあろうとも、その関が原があったから太平の徳川の世...
結界
かつては結界というものがあちこちに見られた。 神社の祭礼、儀式にあってはしめ縄が地域に張られ、その範囲が神によって守られている領域であることが示された。 それらは魔や鬼と我ら人間とを分け隔てする境界だった。 神社という聖なるものの縄張りを決め、そこを...
人の足元を見る
「人の足元を見る」という言葉がある。 それは「人の弱みにつけこむ」あるいは「人を値踏みする」というのが真意だ。 江戸の人々はほとんど徒歩で移動した。 参勤交代や色んな制限があったことが功を奏し、江戸時代は逆に人々の移動が盛んだった。 それがよく経済を回...
友、友人というもの
我々日本人というものは古来からことごとく独りであった。 孤独を愛する民族だ。 孤独であり、孤高であり、肉親に対しても誰に対しても人間は生まれたときから一人の個、独立した者であった。 幼い頃、早くから織田信長は親元を離れた。家康は人質となっていた家康と幼少に頃に顔を...
器の揃え
器というのは食事をするのに大事なものだ。 現代はそれこそ、幅広く器を選ぶことができる。 器の世界には「民芸運動」というのがある。 結局、取り揃えるのが大事なので何もかもが漆や陶器、瀬戸物にしてもいけないのだ。 確かに江戸の時代はそんなことはで...
享楽的なことは悪である
今は外国人との接点も多くなり、客人だったものが色々と口を出すようになった。 これさいわいとこれを利用して自らの堕落を糊塗しようとするのもいるし、日本文化を破壊しようと画策する者もいる。 なんということはない戦国時代が国境をまたいでいると考えればいい。
銭のこと
お金のことを落語なんかでは「銭(ゼニ)」と言っている。 江戸の昔の生活では、庶民は今から見れば「古銭」を日常使っていた。 それは言ってみればコイン。 懐にしまってそれを使う。 日々の銭、毎日の暮らしはコインで足りた。 なけなしのカネでみなが暮らしていた。 細かい金なの...
そりが合わない
日本刀は、「鞘に収めること」を当然の前提としている。 そのままの刃物は「抜き身」と言ってよろしくない。 恥ずかしく下品、そして卑怯だ。 一度でも抜いたなら、斬るのが刀という殺人の道具だ。 それは本来なら西部開拓時代の拳銃でも同じだったろう。 この「鞘」というのは、...
日本人の心には悪魔がいない
我々日本人にとって、邪悪さや悪魔というものはあまり近いものではない。 この現代の日本においてもそれは同じだ。 これに対して、キリスト教徒、アメリカ人などは「悪魔」という言葉に反応し、怖れる。 キリスト教徒は悪魔を怖れる。 織田信長が比叡山を焼き討ちにした時、彼は恐ろしい...
印のこと
江戸時代、印鑑というものはあまり使われなかった。 手書き文字でサインをして通用したというのは、主に大名や役人、社会階層としてはどちらかと言えば上層の人々でのことだった。 「直訴状」とか「血判状」などを出す時、庶民が「自分が...
買って失敗と売って後悔
春秋の万能アウター 1枚で過ごせそう
先細る50代の自分に
お金 使い過ぎの疑惑
ゆうちょ銀行の利息と学費の支払い
オシャレなベランダ作り: 基本ポイント解説
目を瞑ってでも分かるインナー収納
ミニマリストな母の靴下が意外と多いわけ
日差しスペースの新提案 物干し竿を利用したウインドオーニング簡易屋根の作り方
買ってよかったもの
家庭のキッチンスペース整理収納方法
片付けのコツとゴールデンゾーンを活用する収納術
約10ヶ月使ったサンサンスポンジを入れ替え。新品と見比べると違いが
【断捨離】3月の100捨てチャレンジ成功!
嬉しくない贈り物をどうする?
食事を出されるときのこと
外食でもいい。客に呼ばれたとしてもいい。 我々はそうして、人に食事を出してもらうことがある。 出されたものに手をつける。 感謝し、礼節を持って応じる。 そこには時には薬味などがあって、それを自由に使えるようにされていることがある。 この時、出した女中や店主の目の前で薬...
「穏やかに過ごす」ということ
「穏やかに過ごす」と、人が言う。 よく隠棲した老人がそういう望みを口にしたりする。 しかし穏やかさとは呆けてしまうことではない。 そういう時、我々が大事にすべきこととは所作なのだと思う。 本を読んだり、手仕事をしたり、保存食の仕込をしたり、庭木の手入れをする。 それも...
胡坐で茶を点てる
あぐら。 先日の話の、先生が変わった作法を披露したことがあった。 石州流と言っていた。 確か石州流と言っていた覚えがある。 上田宗箇の宗箇流が武士の茶道と聞いた覚えがあって、変わった所作、独自のヒネったような作法が多かったから、もしかするとそちらだったかも知れないが、耳には...
時計回りということ
どうぞ、と、主人が片手で目の前に茶碗を出してくれる。 いただきます。 客はそれをいただく。 茶碗を回して、いただく。 その意味はさておき、茶碗を回す時は時計回りに回す。 必ず時計回りだ。 山道を歩いていて祠などがその道を塞ぐようにして道の真ん中に通り道を塞ぐように建って...
一期一会
分かりやすいのは茶室でのことだ。 茶室での一服を出逢いと称し、これを一期一会などと言った。 巷ではこの言葉は、偶然の出逢いに感謝しろなどというニュアンスで言われるが、それは違うと思う。 いつなんどき、別れるかも知れない。その覚悟なのだと思っている。 茶室は一種の戦いの場で...
一汁一菜
武士は質素倹約に努めるべし、そう言われた。 だがそれが一汁一菜についてのことだったかは分からない。 商人らが華美な文化を作ってゆく太平の世の中で、質素倹約とは奢侈に溺れない堕落を戒めたものだったが、食事についてはたいてい一汁一切を旨としていた。 米を食い、味噌汁とオカズ(魚)...
一揆やパニック、侍はどうしたのか
もちろん、斬った。切り捨てた。 パニックになったりして騒ぐだけの大衆はたちまち切り殺された。 武士と言う連中がいて、彼らは浪人となっても階級を捨てなければいとも簡単に斬り捨てることが出来た。 それは自警団ですらない。 法であり秩序であった。 ...
サムライというもの
太平の世が続き、武士と言うものはすっかり軽んじられるようになったとよく言われる。 藩や殿様など、所属するところを失った武士が浪人となり、様々な職に流れていった話もおちぶれた武士の印象を強くさせる。 しかし、考えてみれば武士というのは官僚であり、政治家だった...
シンクロニシティー(意味のある偶然の一致)の具体例(2):ユング/河合隼雄
シンクロニシティーについては、「共時性(シンクロニシティー)について:意味ある偶然の一致/ユング/河合隼雄」で一般論を、「シンクロニシティー(意味のある偶然の一致)の具体例(1):ユング/河合隼雄」で具体例をご紹介しましたが、今回は、その具体例の続きになります。今までしつこい程書いてきましたが、シンクロニシティーを論ずるにあたっては、オカルト的な「アブナイ」発想に結びつかないような理性的・合理的な思...
奢侈ということ
江戸のその時代には飢饉などがあって、 格差というものが顕在化した。 だから奢侈禁止令と言うのが出たことがあると思う。 奢侈禁止令と言っても、結局、歌舞伎や芝居などは一時的には禁じられただけで、結局はやられ続けていた。 主に豊かな豪商の遊びや...
書というもの
床の間に掛け軸を飾る。 書を飾る。来客のために交換したりする。 それはいつも身が引き締まる思いだ。 その字は読みにくいが、たいていは決まりきった箴言だったりするから、意味は通る。 実は掛け軸の書はは交換するものだ。 時々別なものを...
波紋
日本人は波を愛する民族である。 海に囲まれた民族であり、山がちな国には豊かな川がある。 その水の流れは波紋を描く。 青海波(せいがいは)というものが中国から入ってきて、日本人はそれも大いに気に入った。 刀を鍛えて自然に浮かび上がる波紋は芸術にま...
外から持ち込まれるもの
日本は昔から色々なものが外から持ち込まれた。 仏教にしてもそうだし、鉄や青銅器もそう。 都という都市の概念すら外から持ち込まれたものだ。 そして鉄砲伝来。 黒船。 疫病もまた同じようなものだ。 人類の歴史はウィルスとの共存の歴...
ケジメ、結界
蕎麦をすすった汁が残ったら、それをまた鍋に戻して料理を作るということはしない。 だから蕎麦は音を立ててすすり、食べ残しは汚物として捨てる。 使い回しのようなことは独身時代の一人、子供の頃に戯れ事としてやったことはあるが、それだって自分だけのためでしかなかった。...
根付け、音付けというもの
「根付け」とか、「音付け」という。 それは今で言えばキーホルダーとかストラップの類だ。 昔とて、モノを失くせば困った。 硯すら懐に入れて持ち歩いていた時代だ。 今とそうは変わりはない。 失くしてしまわないように工夫が生まれても不思議では...
名札、表札
古い人間ならいざしらず、名札みたいなものを嫌う人は今はあまりいないだろう。 首から入館証を下げさせるところは普通だし、そこには顔写真や名前が入っている。 それを得意げな顔でぶら下げたままにしているのがいるが、みっともなく感じてしまう。 ビルに入館するため...
蕎麦せいろ、敷きす
「せいろ」と言うと、蒸し器のせいろを思い浮かべるだろうが、蕎麦も昔は蒸していたと言われている。 「蕎麦がき」みたいなものは今でもある。 だから、茹で上がった蕎麦が小型のせいろに盛られるようになったのもその名残りとも言える。 この蕎麦せいろには簾(す...
箸と箸置き
箸置きの歴史はそれほど古くはない。 昔は膳に椀、皿、そして箸が手前にそのまま置いた。 今、テーブルで食べることがほとんどだから、そのテーブルにわざわざ盆は置かない。 そうするとテーブルクロスなんかをひいたりする。 そこに箸を直接置くというのはは...
包丁というもの
男が、包丁を扱えなくてどうする。 男が包丁を研げなくてどうする。そう思う。 武士は刀は研がなかった。 人を斬って、ダメにしてしまっても、必ずその研ぎは研ぎ師にまかせた。 それは悔しいが専門でなけばできない。 だからその反動というか...
道具を大事にせよ
サムライにとって刀は道具だ。 人を殺すための道具。 料理人が包丁を、「魚を殺す武器」とは考えないように、サムライはその道具であっさりと人を斬る。殺す。 もし、その刀を「武器」などと考えていたサムライがいたら、戦国の世ではきっと長生きはできなかったに違い...
包丁を研ぐ
刀というのは必ず研ぎ師にやってもらうものだ。 だから昔も、包丁を研ぐということは武士たちは好んでした。 それは女性的な「台所」という話ようなではない。 「男子厨房に入り浸る」などと言われたのは昭和の話だ。 明治の頃、男子というものの自意識の発揚が氾...
房というもの
房(ふさ)というものがある。 日本の文化には色んなところに房がある。 組み紐で編んだ紐を作り、その先をほぐして房にする。 帯締めでもあるし、相撲では天井からそれぞれ赤房、青房と下がっている。 この房というものにはどんな意味があるのか、あまり語られるこ...
不撓不屈ということ
挫けない心。 初心を忘れず、常に前向きでいること。 それがサムライというものだ。 歯を見せるな。 人におもねるな。 おごるな。 困難が多くとも、どれだけ打ちのめされたとしても、正しいと信じる道をゆく。 信じることを成そうとする覚...
蓋もの、とは
料理人の世界では、「蓋もの」という言い方がされることがある。 「煮物」に始まって「焼物」という言い方がある。「揚げ物」というものさえ近代ではある。 「煮物」、「焼物」、「揚げ物」は調理の方法を指している。 然、「蒸し物」というものもある。 これに対し、ま...
飯櫃を使う
米を土鍋や鉄鍋で炊いている。 炊飯器というものは使ってはいない。 そうして米を炊いていると、見えてくるものがある。そんな気がしてならないからだ。 米をありがたくいただく。 その心だ。 おコゲというものに悩んでいたのは、まだずっと若い頃だった。 ...
1件〜50件